まえがき
標語「キックが降りないときはすぐ点検」
2023年11月、ツーリングを控えた前日の夜、ウインカーの取り付けベースに使っていた板が千切れているのを発見したので修正し、動作を確認しようとエンジンをかけようとしました。
キックに「ガキッ」という感触はあったものの、これまでもたまに起きたことがあったためあまり気に留めることなく、再度の確認でもう一度始動しようとしたところ、キックが全く降りなくなりました。
これは初めてのことでしたが、少しゆするとキックが降りたりまた引っかかったりするので、事態を軽く見てエンジン始動を試し、業を煮やして最終的には押し掛けに手を出したのが失敗でした。
結果としてはエンジンは掛かったものの、猛烈な打音が鳴っており、ようやく置かれた状況のまずさに気づいて完全に故障していることを認識しました。
このときはもう1,2週間経てば増車した新しいバイクが来るといった状況で、エンジンも一週間前にサーモスタット、クーラントを交換し、ついでにシリンダ内壁やピストンに問題がないことを確認していて、2日前には全く問題なく100km程度の距離を走行した矢先の出来事でした。
持ち主の死と同時に動かなくなる機械などの定番オカルトみたいな、自分の浮気にへそを曲げたかのようなタイミングだったので、「お前を手放す気は全くないんだよ、ブレーキパッドも新しいのを買ってあるんだよ~」と思いつつも、逆に考えるともうすぐ新しいバイクが来るという状況で、2日前の走行で無事に帰宅でき、翌日のツーリングの前に自宅の車庫で故障したというのは、最も困らないタイミングまで粘ってくれたようにも思えます。
なんて健気なんでしょう。KDXの心意気に報いるためにも、浮気する気は全くないぞという証明のためにも、何としても直さなくてはなりません。
この記事は2024年8月に大筋を書きました。
ディオの時もそうでしたがただでさえ作業量が多いのに手戻りも多いため文章量がやたら多く、書くモチベーションが上がらず書ききるのにべらぼうに時間がかかったため、忘れかかってうろ覚えの部分や文章が変になっている場所があるかもしれないので物好きでない限り読むのはお勧めしません。
オーバーホール
腰上バラし
ヘッド、シリンダーを外すと絶望的な光景が広がっていました。
ピストンとヘッドは完全に月面状態です。
ディオのときにも見た景色ですが、今回はキックが下りないというサインを出してくれていたので、無理にエンジンを掛けなければピストンとヘッドは再使用できたかもしれません。
この時点でエンジンの全バラしが確定しています。
スクーターは腰下にはクランクしか入っていませんでしたが、ミッション車のエンジンが無事に修理できるでしょうか。
腰下バラし
クリスマスあたりからばらし始め、2024年の元日から正月休みにかけても時間があれば分解を進めていました。
壊れたベアリング
リテーナが千切れています。内輪を外してみると、ベアリングメーカーのカタログに載ってる故障のお手本みたいな転動面になっています(フレーキング?)。
寿命ではあるものの、こんな状態に一瞬でなるわけはないと思うので少なくとも数日程度は異常な状態で走行していたと考えられるため、異音などで気付けそうな気もしますがまったくわかりませんでした。
優秀な2ストオーナーなら気付けるのでしょうか。
部品の入手
部品ですが、もう手に入らないものもちらほらあります。
ベアリング、シール類、ガスケットなどのサイズが汎用のものや後継車種と兼用しているものや、製造にそこまで手間のかからなそうなものはありますが、鋳物類などは厳しいです。クランクケースやシリンダーは入手不可能です。
中古でもまともなものが手に入るのか?というレベルです。
今回もR,SR、マイナーチェンジなどにこだわる余裕はなさそうだったので流用が効きそうと判断したら混ぜこぜで手配しています。
ヘッド
ヤフオクで未使用とされているG2以降のヘッドを入手しました。
小傷はありますが、どこもアルミの色がきれいなのでそうなのでしょう。
G2以降は水温警告灯が追加されていますが、G1にはないのでメクラをします。
ネジはR1/8のようだったので、手持ちのプラグをねじ込みました。
ピストン周り
以下の通り、替えれそうなものは全部替えます。
ピストンはR用を使うことにしました。
ピストン(R):R用
ピストンリング(R):13008-1116 リングセツト(ピストン) ¥3,047
ピストンピン(R,SR):13002-1053 ピン(ピストン) ¥1,166
小端ベアリング(R,SR):13033-1056 ベアリング(スモ-ルエンド) ¥1,551
サークリップ(R,SR):92033-1242 リング(スナツプ),ピストン ピン ¥209(2個)
クランク周り
クランクベアリング(G2以降):92045-1120 ベアリング(ボ-ル),6305JR2C3 ¥1,716(2個)
クランクシール(G2以降):92049-1365 シ-ル(オイル),TBY25X40X6 ¥594(2個)
G1とG2~G5はクランクシールの型式が異なり、カワサキオンラインショップではG1のクランクシールは生産終了とのことで互換品の案内も出ませんが、G2以降のクランクシールは在庫があります。
KDXのE1,G1:92049-1068 シ-ル(オイル),TBJ25407
G2~G5:92049-1365 シ-ル(オイル),TBY25X40X6
E2:92049-1047 シ-ル(オイル)
G2以降のものは厚みが1mm少なくなっているようで、写真を探すと少し外観も違いますが、クランクシャフトもクランクケースの品番も同じです。
クランクケース G1~G5:14001-5264
クランクシャフト G1~G5:13031-1301
ケースとシャフトが同じなら取り付け互換性はあるはずと考え、G2以降用のものを用意しました。
その他
サービスマニュアルとガスケット類に含め、せっかくばらすからと細かいベアリング類、キック、シフトやアウトプットシャフトなどクランクケースを開けないと交換できないオイルシール、ついでに今のうちに手に入れておかないとダメそうな部品やチャンバーのゴムマウント、リアサスリンクのシール等、へたっている部品を注文しました。
腰下組み立て
ばらしていく途中でついでに変えとくか…と思ったシールやリアサスの部品などを改めて注文したりしていて時間がかかりましたが、やっと準備が整った1月末ごろから組み立てを始めました。
・クランクシール組み込み
ディオのときはシールは最後に入れればよかったですが、KDXの場合はクランクケースにシールの突き当て面があるので、ベアリングを入れる前に組み込んでおかなければいけません。
・クランクベアリング組み込み
ベアリングのハウジングをなるべく痛めたくないので焼きばめをしたいところですが、前述の通りクランクシールを先に入れなくてはならないため、あまり温めるとシールを痛めそうです。
ベアリングを冷凍庫で冷やし、ケースは火がシールにかからないよう、バーナーの遠火で手の感覚的に50度くらいに温めてみましたが、ベアリングがストンとは入らなかったためハンマーで叩き込みました。
左の画像のキズは破損時にリテーナの破片がつけた傷です。
・クランクシャフト叩き込み右クランクケース
予想外だったのが、右クランクケースへのクランクシャフトの圧入にはクランクシャフトインストーラーが使えないことでした。
右クランクケースはKIPS用ガバナ、ウォーターポンプのベアリングのハウジングが近接していてクランクシャフトインストーラーを当てるスペースが少ないので、専用の当て金が必要です。さらに、プライマリギヤナットのネジサイズがM16P1.0と珍しいのでインストーラーのアダプタがありませんでした。試しに3Dプリンタで作ってみましたがスパナで一回転引き込む前に裂け、文字通り1ミリも役にも立ちませんでした。
アダプタを探しましたが売られてもいないようで、自作も考えましたが珍しいサイズのネジを切る必要があり、タップは高額で、内径バイトも内径16mmしかないため使えず、旋盤での自作も難しそうでした。
じゃあどう入れるのかといえば、サービスマニュアルではプレスで打ち込めと書いてあります。ベアリングに圧入力を負担させるのは公式見解のようです。
さらに、プレスの圧力でクランクウェブが閉じないよう、クランクピンの反対側にはクランクシャフト治具というものを挟んで行うよう指示がされています。
プレスも治具もないため、南無三とハンマーで叩き込むことを決意しました。
クランクウェブのピンの反対側にワッシャを詰め込んで治具の代わりにし、クランクシャフトを直接叩かないために、シャフト先端にはインストーラーのアダプタをねじ込んで叩きます。(叩く側のシャフト端はケース左側なのでアダプタが合う)
これがやってみるとなかなか入らず、一発ごとにベアリングへのダメージや、次の一発でクランクケースが割れないかなどの考えがよぎり、精神的にものすごく堪えました。二度とやりたくない作業です。
プレスを使うか、インストーラーのアダプタを作ったほうがいいと思いますがコストも侮れません。クランクシャフト治具も改めて調べると購入はできそうですが、17000円程度と安くはありません。
プレスと治具のセットよりは、アダプタを加工業者に発注してでもインストーラを使った方がよさそうです。
なんにしろ次が来ないよう、ベアリングが早期破損しないことを祈るばかりです。
クランクケース閉じ
左クランクケースにシャフトを引き込み、クランクケースを閉じます。
ケースの合わせ面に液体ガスケットを塗布します。
こちら側はインストーラーが使えるので安心です。
と思いきや、ハンマーの当て金代わりにインストーラーのアダプタを叩きまくったため、穴のふちが変形して引き込むためのボルトがねじ込めなくなってしまいました。
どういうわけかこのネジはM14P2.0であり、手持ちのタップはここでも役に立ちません。グラインダーで変形した縁を削ってみたり、面取りをしてみたりして四苦八苦し、どうにか使えるように修復できました。
気を取り直してクランクケースを閉めますが、この前に
ミッションの一速ギヤとその下に入れるワッシャが落ちるので入れておくこと
を確認しておく必要があります。
気付かずにケースを閉めたあとにギヤがトレイに転がっていることに気づき、再度開けて閉める羽目になりました。インストーラーが使える方で本当に良かったと思いました。
KDXのオイルシールは底付き打ち込みなのでインストーラーのカラーは入れられません。マニュアルにはどちらも適当な工具をあてがってプレスで押せと書かれており、どんな組み方をしてもクランクベアリングにスラスト荷重を掛けることは避けられません。
クランクベアリングはクランクの荷重を受け止めて数億回転に耐える関係でだいぶ荷重に余裕を持たせているし、スラスト荷重は全部の玉で荷重を受けられるため特に問題ないということなのでしょうか。
ディオのクランクシャフトを組んだときもスラスト荷重を掛けてしまったことが気がかりでしたが、別の車両とはいえこういうやり方がマニュアルに明記してあるとちょっと安心できます。
とりあえず難関をどうにか切り抜けましたが、組んだシャフトを回してみると、回転がやたらと重いです。片手の指でつまんで回そうとすると、目一杯ピンチ力を掛けて、指が滑りつつもやっとクランクが回るくらいの重さです。
ベアリング支持とは思えない、ゴムブッシュにシャフトが収まっているかのごとき重さで、惰性で回るなどありえないといった具合です。
オイルシールがあるとはいえ重すぎるような気がします。
ちょっと調べると、車種は違うしオイルシールの有無など詳細は不明ですが、クランクの重さで自然に回るとか言ってる人がいます。
ハンマーでの叩き込みなどろくでもない作業をしてきたのでものすごく不安ですが、ばらしたところでどうしようもないのでこのまま続けます。
左右エンジンカバー周りの組み立て
・キックスタータアッシを取り付けます。
(後に組み方が少し違っており、カバーを再度開けて直す羽目になります)
・アイドルギヤを取り付けます。
・ニュートラルセットレバーを取り付けます。
締め付けトルクが特に支持されていなかったので普通に締めましたが、
カラー細いためつぶれてしまい、動きが渋くなりました。ここは注意です。
ちょっとヤスリをかけて修正しましたが危ないところでした。一回休み
・シフトシャフトアッシを差し込む
(ここを飛ばして先にクラッチアッシを締め付けてしまったのでやり直しました。)
・プライマリギヤ、ウォータポンプドライブギヤを取り付け
・クラッチアッシを取り付け
・クラッチ、プライマリギヤナットを締め付け
ギヤの歯にアルミ板をつっかえ棒にして回り止めして閉めました。1ステップ進む
シフトシャフトアッシを取り付けていなかった!2ステップ戻る
・ライトエンジンカバーにガバナユニットを取り付け
・ライトエンジンカバーを締め込み(ガスケット新品)
・ウォポンカバーを締め込み(ガスケットは無傷だったため使いまわし)
・クラッチカバーを締め込み(ガスケットが無傷だったため使いまわし)
・マグネトーを取り付け
フライホイールを取り外すときに使ったプーリーホルダーのピンで巻き線をキズ付けていることに気づいて落ち込みましたが、テスターでショートしてないことを確認し、削れた被覆をアロンアルファで補修してごまかしました。2回休み
11046-1413ブラケットを忘れずに取り付けること 役割は不明(リード線のガード?)
イグニッションタイミングは3つの目盛りのうち真ん中にしておきました。分解前は真ん中じゃなかった気がしますがうろおぼえなのでマニュアルに従います。
・フライホイールを締め込み
ブラケットを付けずにフライホイールを締めてしまった!1ステップ戻る
・キックの具合がおかしい!2回休み
マニュアルには一切細かい注意は書かれていないため、何が悪いかわからずいったんフレームにエンジンを載せたり、組んだりばらしたりしながら四苦八苦しましたが、結果的には下記の2点が間違っていました。
・ばねを巻いて組付けなければならないのをやっていなかった
・13070-1063キックスプリングガイドの切り欠きが正しい位置ではなかった
これでやっとキックスタータアッシが正しく組めました。
さらに、このときに一回エンジンカバーを開けたおかげでミッションのインプットシャフトのベアリングの抜け止めボルトが緩んだままだったことに気づき、締めなおすことができました。
アルミ板置き去り事件
組みあがった腰下を持ち上げると、カランという音がしました。
中には稼働部品があるのでそれかとも思いましたが、
シェイクすると不規則に鳴ります。これまでの流れから作業者が信用ならない奴であることは明白なため、何か問題があると見てエンジンカバーをまた開けてみました。
すると、ナットを締めるときにギヤの周り止めに使ったアルミ板が出てきました。
信用ならない作業者ですがそれを自覚してリカバリーできているのはまだ救いがあります。
クランクケース内でなくてよかったと思いましたが、リカバリーし切れていない不手際がないか心配です。とはいえきっかけもなくバラす気にはなれないので作業を進めます。
腰上の組み立て
ピストンリングの取り付け
新品ピストンにピストンリングを取り付けます。上下を確認し、はめ込もうとしたときに手を滑らせてピストンを落としました。
あっ!と思って拾い上げ、ピストントップや肩の傷を確認しますが無事そうです。
安心しつつ作動の茶碗のごとく回し見ていたら、スカートの形状が不規則なことに気づきました。
スカートが一か所、3mmほど欠けています。
またかよとガックリきましたが、使用不能と判断するには(個人的には)微妙な壊れ方だし、R用のピストンはSR用よりスカートが長いことを言い訳にして欠けた個所をサンドペーパーで均し、引っ掛かりを徹底的に取ってそのまま使うことにしました。
原因:作業台の前で立って作業してしまった。
再発防止策:ピストンにリングを組み込むときは柔らかい絨毯や畳の上で寝転がりながら組む。
コンロッドにピストンを取り付け
ピストンピン、小端ベアリング、サークリップなどを取り付けます。
サークリップの取り付けはディオで失敗しており、プライヤでつまんだ時に変形させていたようで、稼働中に外れたサークリップで高価なボアアップキットを破壊しているので注意して行います。
プライヤでのサークリップの(おそらく)正しいつまみ方を思いついていたので、変形を避けて取り付けることができました。
また、2ストオイルはこれでもかと塗りたくっておきました。
シリンダ、ヘッドの取り付け
シリンダは砕けたリテーナの破片で掃気ポートの縁が傷ついているため、ペーパーがけで引っ掛かりをなるべく取ります。
シリンダーは新品が手に入らなそうなのでこれでだめならお手上げです。
KIPSも組み立てます。過去に修理してから新たな問題は出ていないようですが、だいぶ汚れているので掃除します。この調子だとやはりノーメンテだといずれ固着しそうです。
プロならとっくにクビになりそうな苦難を乗り越え、とりあえずエンジンが組みあがりました。
その他の組み立て
スイングアームのシール類の交換
エンジンを下ろすにあたってスイングアームのピボットを抜く必要があったので、ユニトラックの各リンクのシールを点検し、シールの破損、ニードルベアリングの固着、その他もろもろが見つかったので、完全アウトなシールは交換、各回転部は清掃、グリスを詰め込みなおしておきました。
リアショックもオーバーホールしたいところですが、まだエンジンがいつまでもつかわからない以上あまり早まってお金をかける判断がしにくいのとばらして状況が悪化しても怖いので据え置きとします。
完成
2024年2月、ようやく組みあがったエンジンを載せました。
腰下を組むときにクランクがやけに渋かったことや、クランクシャフトを打ち込むために殴りまくったことの恐怖があったため、クランク左側の軸のブレだけでも測っておこうと、ダイヤルゲージを当ててみました。
この一か所だけではゆがみの実態はほとんどわかりませんが、この点だけで言えば0.07mmの芯ぶれでした。マニュアルには標準0.03、使用限度0.05以内にせよと書かれていますが、芯出しをできる道具はないし、精度よく組付ける道具もないし、いまさらばらす気力もありません。
すべての部品を取り付け、オイル、冷却水を入れてエンジンをかけてみます。
聞き慣れた音がしてこれまでと同じようにエンジンがかかってくれました。変な音などもありません。
強いて言えば今までより静かになったりすればさらなる安心感があったのですが、まったく同じ音のように感じます。
とにかく一安心といったところです。
試走
とりあえず抑えめで数日間かけて100kmほど走り、問題なさそうです。
また別の日に走ったとき、フルスロットルを試してパワーバンドに突っ込んでみました。
すると、スロットルを戻して数百m走ったところでエンストし、再始動できなくなりました。キックは普通に降りるので軽い抱き付きかなと思いながらOH失敗かと途方に暮れていると、ある程度冷えたところで再始動できました。
しかし、アイドリングは困難なのでアイドリングスクリューをこれでもかと締めて帰宅しました。
すぐに腰上を開けてみますが、ピストン、シリンダーにはっきりしたカジリみたいな傷はありませんでしたが、縦キズがたくさんついています。
どうやら、ポート周りのキズの均しが不十分だったようです。
詰めの甘さが丸出しですが、幸いどうにかなるレベルです。
さらに念を入れてシリンダとピストンのペーパー掛けを行い、再組立てしました。
その後、数か月経ち、高回転に入れたりしながらちょくちょく乗っては数百kmは走りましたが、今のところはさらなる問題や違和感は発生していません。